そして今日も、わたしはよわこです。
「今日からあたしを、ユリって呼んでね。」…金髪で、おかっぱ頭のニシ先輩が言いました。ひえ~~~~びっくり。モヤイ像が空飛んだって、こんなに驚かないかも。まるでウサギの穴に落っこちた気分だわ。やっぱり、からかわれてるの?
「では、お買い物に行きましょう!」先輩はさっそうと、ハチ公前のスクランブル交差点を歩き出しました。ところが、ロングスカートに脚がこんがらがって、いきなりどすんと倒れてしまいました。「大丈夫ですか!」 「ご、ごめんなさい…大丈夫。」立ち上がった瞬間、今度はサンダルのかかとを踏みはずしてよろけました。これが、あのサッカー部のエースかと思うほど、不器用な感じ。そこらへんの女の人よりきれいだけど、先輩は背が高すぎ、誰が見たって男の人です。わたしはすれ違う人たちの目を気にして、ドキドキしました。でも、よかった。みんな無関心な顔で通り過ぎていきます。
「よわこちゃんなら、きっとお友達になれると思ったの。」…え?それってどういう意味?同じ髪型だから? Bunkamura通りを歩きながら、先輩は告白しました。小さい頃からずっと、女の子になりたかったこと。親に内緒で『ユリ』に変身して町を歩くのは今日で4度目。だけど、実行するのに6年もかかったこと。本当は時間通り来たのに、声かけるのをためらって、デパートを8周もしたこと…。こんな話を聞くと、女の子にモテモテのニシ先輩が、まるで『よわこ』と同じです。そうか、先輩もわたしと同じ『よわこ』だから、デートに誘ってくれたのね。なあんだ!謎が解けたわ。ちぇ。
ユリさんは、東急本店4Fのローラアシュレイに入りました。さすがはイギリス育ち!109じゃないのね!
「見て見て、このワンピース綺麗!」赤いバラの花模様のワンピースを試着して、ユリさんはゴキゲンです。「どう?似合う?」 う~ん…どう考えてもやっぱりヘン。わたしは、思いきって質問しました。「ニシ先輩は、サッカーが上手でカッコイイのに。どうして女の子の服なんか着たいのですか?」こんなこと聞いて、嫌われるんじゃないかと思った。ユリさんは少しびっくりして、それからニッコリ笑って、「ワンピースを着たときのほうが、サッカーのユニフォームを着たときより、ずっと自分を好きになれて、幸せな気分になれるから!」…きっぱりと答えました。
彼女が彼だってこと、お店の人は気づいてたはず。でも、もうそんなこと、どうでもよくなりました。だって、お気に入りのドレスを見つけたユリさんは、誰が何と言おうと幸せそう。「このドレス可愛い!よわこちゃん着てみたら。」フリルのいっぱいついた、お姫様みたいな服をすすめられて試着したけど… どう見ても似合いません。わたしの方が女の子なのになあ… どうやら、幸せになれる服じゃなさそうだ。
帰りにユリさんはスタバでカプチーノをおごってくれて、バス停まで送ってくれました。「よわこちゃん、今日はつきあってくれてありがとう!じゃあね、バーイ。」先輩はそう言ってわたしの両頬に、ほっぺたをくっつけました。外国映画に出てくる、お友達同士のキス。そしてローラアシュレイの手さげ袋を持って、よろけながら人ごみに消えていきました。そのとき渋谷駅が、なぜか一面バラのお花畑に見えました。
…やれやれ、初めてのデートはこれでおしまい。バスに乗っても、まだウサギの穴から抜け出せない気分。でも、わたしは考えていたのです。昨日までの『舶来王子』より、ユリさんの方が好きかもしれないって。