今年も、わたしはよわこです。
元日は2階の窓拭きをしました。暮れにするつもりでしたが、風邪を引いてしまったのです。「奥様は魔女」なら口を動かすだけで窓はピカピカ。わたしはサマンサじゃないから、クリーナーの泡を吹きかけて乾いた布で磨きます。ガラスの表面に小さな虹ができてきれい。ところが……、あ。古いサッシのゆるんだ鍵が勝手にかかってしまい、わたしはベランダに閉め出されてしまいました。どうしよう…ガラスを叩いてみましたが誰も来ません。おとなりは初詣で留守みたい。家には父も母もいるはずですが、鍵がひとりでにかかるなんて誰が考えるでしょう。…ケータイ持ってくればよかった。ポケットにはキャラメルが1個あるだけ。誰かが見つけてくれるまで、食糧はこれっきりです。「白雪姫」だったら、動物たちが助けに来てくれるのに…。するとガラス越しを猫のクアチが歩いてきました。「クアチ、おりこうさんだから、誰か呼んできて。」クアチはすぐ目の前であくびをしました。知らんぷりで片脚をあげ、お尻を舐めてすたすた行ってしまいました。うー、やっぱりおまえはおバカさんだわ!「Dr.ドリトル」じゃあるまいし、動物と話すなんてしょせんおとぎ話。こうなったら飛び降りるしかないかしら。まるでフック船長に追い詰められた「ピーターパン」のウェンディだわ。手すりの下を見たらワニ…じゃなくてとなりの猛犬がいるのでやめました。あーあ、「ジャンパー」なら瞬間移動できるのに…。陽が傾いて寒くなりました。くしゃみがひとつ出ました。わたしはこの世界にひとりぽっち。「アイ・アム・レジェンド」です。ガラスの外から見ると、自分の部屋は知らない人の部屋みたいでした。わたしは死んだ女の子で、あの世から忘れ物を取りに戻ってきた感じ。机にはTSUTAYAで借りてまだ見てない「ダイ・ハード」の1から4が積んであります。もしも死んでしまったら、あれはどうするんだろう。いいえ、わたしがいなくたって世界は何もなかったように回り続けるんだわ。わたしは「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」のように、宇宙に飛ばされたライカ犬のことを考えました。それに比べたら真冬のベランダにいることなどなんでもない…と思ってみたけどやっぱり寒い。おなかもすいてきた。ポケットのキャラメルを食べようとしたとき、誰かと目が合いました。…カラスです。手すりに止まってじーっとキャラメルを見てます。「おなかすいたの?」カラスは黙って首をかしげています。こんなに近くでカラスを見たのははじめて。真っ黒い羽が紫にも緑にも光って、すごい迫力。ダースベイダーみたい。「スター・ウォーズ」のダースベイダーは悪役だけど、ほんとうはルークの父親で最後はいい人に戻るんだっけ。「これあげたら、助けてくれます?」…キャラメルを差し出したとたん、ぱくりとくわえてバサバサ飛んでってしまった。うー薄情もの。やっぱりダースベイダーは悪い奴だわ!するとまもなく、大勢の仲間を引き連れて戻ってきたではありませんか。助けてくれるのかと思ったけどちがうみたい。キャラメルをもっと出せと言ってるのかも。気がつくと手すりにも屋根にも電線にもカラスがびっしりとまって、わたしは真っ黒な集団に取り囲まれていました。これじゃヒッチコックの「鳥」だわ。も…もしかしてわたしを食べる気?! キャーー!カラスたちは一斉にギャアギャア啼きだしました。
「正月早々うるさいわねー、なんなのー」2階に見にきた母に発見され、やっと自分の部屋に戻ってこられました。やれやれ、ずいぶん遠くまで冒険してきた気分。窓拭きって命がけなのね。今思うと、カラスはほんとうに助けにきてくれたのかもしれない。真実はわからないけど、わたしはそう信じることにしよう。今度から窓拭きするときは、ケータイとキャラメルを忘れないようにします。